- 〇
- 労働契約は、労働者と使用者が対等な立場での合意により成立し、労働条件が設定されるのが原則である。
- ※
- 労働契約法(平成 19 年法律第 128 号)第3条、第6条、労働基準法(昭和 22 年法律第 49 号)第2条
- ※
- 労働契約法第3条では、上記の他、就業の実態に応じた均衡処遇、仕事と生活の調和の配慮の理念、契約遵守、信義誠実、権利濫用の禁止の原則について規定されている。また、労働基準法第 13 条では、同法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効となり、無効となった部分は同法の定める基準となるとされている。
- 〇
- また、企業と労働組合との間に締結される労働協約に定める労働条件の基準に違反する労働契約は、その部分は無効となり、無効となった部分は労働協約の基準の定めるところによる。また、労働契約に定めがない部分についても、労働協約に定める基準となる。
- ※
- 労働組合法(昭和 24 年法律第 174 号)第 16 条
- 〇
- 他方、常時 10 人以上の労働者を使用する事業場においては、就業規則の作成・届出義務が課されており、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分が無効となり、就業規則で定める労働条件となる。
- ※
- 労働契約法第 12 条、労働基準法第 89 条
- ※
- 労働基準法第 89 条では、労働時間・休日・休暇、賃金、退職(解雇事由を含む)等に関する事項や、臨時の賃金、労働者の負担、安全衛生等について定めをする場合にはこれらの事項について、就業規則に定めなければならないとされている。
- ※
- 労働基準法第 92 条では、就業規則は法令や労働協約に反してはならないとされている。
- 〇
- 主として職場規律を定め、基本的に労働契約の内容とはならない米国のエンプロイー・ハンドブック等と異なり、合理的な労働条件を定める就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は就業規則で定める労働条件によることとされている。
- ※
- 労働契約法第7条
- 〇
- こうした就業規則により、日本においては、多数の労働者を使用して効率的、合理的な事業経営を可能とするため、個別の労働契約に詳細な労働条件を定める代わりに、就業規則において詳細な労働条件を統一的に設定することが広く行われている。
- 〇
- なお、使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間等の労働条件を明示しなければならない。
労働条件のうち、労働契約の期間に関する事項、就業の場所及び従事すべき業務に関する事項、労働時間・休憩・休日・休暇に関する事項、賃金に関する事項、退職に関する事項(解雇の事由を含む。)については、書面を労働者に交付しなければならない。 - ※
- 労働基準法第 15 条、労働基準法施行規則第5条
- 〇
- また、使用者は、労働条件や労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするとともに、労働契約の内容をできるだけ書面で確認するものとされている。
- ※
- 労働契約法第4条
紛争を未然に防止するために
- 外部労働市場型の人事労務管理を行う企業において、例えば、年俸制における時間外労働・休日に対する賃金について紛争を未然に防止するために、相当程度高度な専門職であって高額の報酬を得て即戦力として採用された労働者であり、業務の性質上自己の裁量で業務を遂行することができるなど労働者の保護に欠けることがない場合には、以下のような内容を労働契約書や就業規則に定め、それに沿った運用実態とすることが考えられる。
- ※
- 就業規則と労働契約の整合性を図ることが必要。
- ◇
- 時間外労働・休日労働に対する手当の支払い方法
- ◇
- 報酬に時間外労働に対する手当が含まれる場合は、その旨
- 割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とを明確に区別するか、又は明確に区別していないが前年度実績等からみて一定の時間外労働・休日労働が生じることが想定され、その分の割増賃金を含めて年俸額が決められていることを労使双方が認識していることが必要であることに留意。
- 〇
- 労働契約の内容の変更も、労働者と使用者の合意によることが原則である。
- ※
- 労働契約法第8条
- 〇
- 裁判例では、労働契約の内容の変更についての個別合意の認定は厳格になされる傾向にある。
- 〇
- また、労働者と合意することなく就業規則の変更によって労働条件を労働者に不利益に変更することは原則としてできないが、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである場合には、労働条件は変更後の就業規則に定めるところによる。
- ※
- 労働契約法第9条、第 10 条
参考となる裁判例
【更生会社三井埠頭事件(東京高判平成 12 年 12 月 27 日)】
【更生会社三井埠頭事件(東京高判平成 12 年 12 月 27 日)】
- ◇
- 更生会社が経営難を理由に労働者の承諾を得ずに賃金を減額したのに対して、労働者が減額分の賃金の支払を請求したことについて、裁判所は減額分の賃金の支払いを認めた事案。
- ◇
- 就業規則に基づかない賃金の減額・控除に対する労働者の意思表示は、賃金債権の放棄と同視すべきであり、労働者の自由な意思に基づくものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効。
- ◇
- 更生会社が賃金減額通知をしたが、減額の根拠を十分説明していないこと、諾否の意思表示を明示的に求めていないこと、労働者は異議を述べると解雇されると思っていたこと、賃金の 20%の控除は不利益が大きいこと、一部の者にのみ負担を負わせていることから、外形上承諾と受け取られるような不作為が労働者の自由な意思に基づいてなされたとする合理的な理由が客観的に存在しない。
参考となる判例
【大曲市農業協同組合事件(最三小判昭和 63 年2月 16 日)】
【大曲市農業協同組合事件(最三小判昭和 63 年2月 16 日)】
- ◇
- 農業協同組合の合併に伴って新たに制定された退職給与規程により、一つの旧組合の退職金支給倍率を低減したことについて、裁判所は就業規則の不利益変更の合理性を認めた事案。
- ◇
- 賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更においては、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生じる。
- ◇
- 退職金の支給率は低減されているが給与は相当程度増額していること、組織の合併により、労働者相互の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要性が高いこと等から、合理性を有する。
参考となる判例
【第四銀行事件(最二小判平成9年2月 28 日)】
【第四銀行事件(最二小判平成9年2月 28 日)】
- ◇
- 従前、定年が 55 歳で、勤務に耐え得る健康状態の労働者は 58 歳まで在職することができたが、就業規則を変更し、定年を 55 歳から 60 歳に延長するとともに、55 歳以降の賃金を引き下げたため、55 歳以降の賃金が 54 歳時の67%に低下し、58 歳まで勤務して得ることを期待することができた賃金額を60 歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなったことについて、裁判所は就業規則の不利益変更の合理性を認めた事案。
- ◇
- 当時 60 歳定年制の実現が国家的政策課題である一方、定年延長に伴う賃金水準の見直しの必要性が高いという状況にあったこと、変更後の労働条件は他社や社会一般の水準と比較してかなり高いこと、行員の約 90 パーセントで組織されている労働組合からの提案を受け、交渉、合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであり、不利益緩和のための経過措置がなくても、不利益が合理的な内容のものであると認めることができないものでない。
参考となる判例
【みちのく銀行事件(最一小判平成 12 年9月7日)】
【みちのく銀行事件(最一小判平成 12 年9月7日)】
- ◇
- 60 歳定年制をとっていた銀行において、就業規則を変更し、55 歳以上の行員を専任職とし、給与の約半分を占める業績給を一律 50%減額し、それに伴い賞与の支給率も減額したことについて、裁判所が就業規則の不利益変更の合理性を認めなかった事案。
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- 就業規則の変更の経営上の必要性は認められるが、賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わりに 55 歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではない。
- ◇
- 行員の73%を組織する労働組合が不利益変更に同意しているが、不利益の程度や内容を勘案すると、合理性を判断する際に組合の同意を大きな考慮要素とすることはできない。
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- 高年層の行員に対して専ら不利益を与えるものであり、他の諸事情を勘案しても本件就業規則の変更のうち賃金の減額部分は、当該行員には効力を及ぼすことができない。
※ 本指針においては、裁判例の分析、参考となる裁判例に関する記述と、雇用慣行、法制度、関連情報等に関する記述とを区別しやすくするため、前者については で囲み、後者については で囲んでいる。
また、特に紛争が生じやすい項目については、紛争を未然に防止するために留意すべき点を記述している。
上述のとおり、本指針の裁判例の分析は一般的傾向を記述したものであり、個別判断においては、個々の事案毎の状況等を考慮して判断がなされる。