Ⅱ 労働契約の成立及び変更
Ⅱ 労働契約の成立及び変更
1 成立【労契法第 6 条・第 7 条】
- ○ 労働契約は、労働者及び使用者の合意により成立します。「労働者が使用者に使用されて労働」すること及び「使用者がこれに対して賃金を支払う」ことが合意の要素です。
- ○ 労働契約の成立の要件としては、契約内容について書面を交付することまでは求められていません。また、労働契約の成立の要件としては、労働条件を詳細に定めていなかった場合であっても、労働契約そのものは成立し得るものです。
- ○ 「合理的な労働条件が定められている就業規則」であること及び「就業規則を労働者に周知させていた」ことという要件を満たしている場合には、就業規則で定める労働条件が労働契約の内容を補充し、「労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件による」という法的効果が生じます。
- ① 労働契約は、「労働者が使用者に使用されて労働」することと「使用者がこれに対して賃金を支払う」ことについて、労働者と使用者が合意することにより成立します。
- ② 労働者と使用者の合意により労働者の労働条件が決定します。
- ③ 労働契約において労働条件を詳細に定めずに労働者が就職した場合において、「合理的な労働条件が定められている就業規則」であることに加え、「就業規則を労働者に周知させていた」ことという要件を満たす場合には、労働者の労働条件は、その就業規則に定める労働条件によることとなります。
- ④ ただし、「就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分」は、その合意が優先することとなります(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合を除きます)。
2 変更【労契法第 8 条・第 9 条・第 10 条】
(1) 労働条件の変更
- ○ 「労働者及び使用者」が「合意」するという要件を満たした場合に、「労働契約の内容である労働条件」が「変更」されるという法的効果が生じます。
- ○ 労働契約の変更の要件としては、変更内容について書面を交付することまでは求められていません。
- ○ 使用者が労働者と合意することなく就業規則の変更により労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することはできません。
- ○ ただし、使用者が「変更後の就業規則を労働者に周知させた」こと及び「就業規則の変更」が「合理的なものである」ことという要件を満たした場合には、労働契約の変更についての「合意の原則」の例外として、「労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによる」という法的効果が生じます。
- ① 労働者と使用者の合意により、労働者の労働条件は変更されます。
- ② 就業規則の変更により労働条件を変更する場合には、原則として労働者の不利益に変更することはできません。しかし、使用者が「変更後の就業規則を労働者に周知させた」ことに加え、「就業規則の変更が合理的なものである」ことという要件を満たす場合には、労働者の労働条件は、変更後の就業規則に定める労働条件によることとなります。
- ③ ただし、「就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分」は、その合意が優先することとなります(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合を除きます)。
(2) 判例
就業規則で定める労働条件の変更が労働者に不利益となる場合に、労働者の同意なしにできるかという問題については、いくつかの最高裁判決が出されていますので、代表的な判決を紹介します。
【秋北バス事件昭 43.12.25 最高裁判決】
この判決は、就業規則の不利益変更についてのリーディングケースというべき判決であり、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」とし、新たに労働者に不利益な労働条件を一方的に課すような就業規則の作成又は変更も合理性がある範囲内で認めています。
【御國ハイヤー事件昭 58.7.15 最高裁判決】
この判決は、就労期間を退職金算定の勤続年数に算入しないことへの変更が合理的であるか否かについて争われた事案であり、「本件変更は従業員に対し同年 8 月 1 日以降の就労期間が退職金算定の基礎となる勤続年数に算入されなくなるという不利益を一方的に課するものであるにもかかわらず、上告人はその代償となる労働条件を何ら提供しておらず、右の変更は合理的なものということができない」と判示され、なんらの代償措置も請じない退職金の引下げについては合理性なしとされています。
【大曲市農協事件昭 63.2.16 最高裁判決】
この判決は、賃金、退職金等の不利益変更について判断したもので、「特に賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」と判示されています。
【タケダシステム事件昭 58.11.25 最高裁判決】
この判決は、生理休暇に係る規定を労働組合の同意を得ないまま一方的に変更した事案についてのもので、「右変更が合理的なものであるか否かを判断するに当たっては、変更の内容及び必要性の両面からの考察が要求され、右変更により従業員の被る不利益の程度、右変更との関連の下に行われた賃金の改善状況のほか、旧規定の下において有給生理休暇の取得について濫用があり、社内規律の保持及び従業員の公平な処遇のため右変更が必要であったか否かを検討し、更には労働組合との交渉の経過、他の従業員の対応、関連会社の取扱い、我が国社会における生理休暇制度の一般的状況等の諸事情を総合勘案する必要がある」として、就業規則の不利益変更の合理性の判断基準を示しています。
【第四銀行事件平 9.2.28 最高裁判決】
この判決は、定年を 55 才から 60 才に延長する代わりに 55 才以降の賃金を 54 才時の6割台に減額する内容の就業規則の変更が合理的か否かについて判断された判決であり、「合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。」と判示され、この就業規則の変更は合理的と判断されています。
【みちのく銀行事件平 12.9.7 最高裁判決】
この判決は、多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、一部の労働者が管理職の肩書きを失い、賃金が減額となる内容の就業規則の変更の合理性が争われた事案に係るものであり、この判決では、上記第四銀行の事件の考え方を踏襲しながらも、以下の理由で、就業規則の変更は合理的なものとはいえないとされています。
「本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせるものといわざるを得ず、その負担の程度も前示のような大幅な不利益を生じさせるものであり、それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのである。就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、一方的な不利益を受ける労働者について不利益を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せて図るべきであり、それがないまま右労働者に大きな不利益のみを受認させることには、相当性がないものというほかはない。
(3)労働協約の改定による労働条件の不利益変更
労働協約により、労働条件が不利益に変更された場合にも、労働協約の規範的効力は生じます。労働条件の不利益変更を内容とする新たな労働協約を締結、発効すると、当該労働組合の組合員の労働条件は、それまでの協約が定めた水準に代わって、新労働協約が定めた水準となります。ただし、既に発生している具体的な権利(弁済期日の到来している未払賃金など)を、事後に締結した労働協約によって遡及して適用することにより、不利益に変更することはできません。
ただし、労働協約が特定の、又は一部の組合員を殊更に不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど、労働組合の目的を逸脱して締結された場合は、当該組合員に対する労働協約の規範的効力は否定されることがあります。
「朝日火災海上保険(石堂)事件」(平 9.3.27 最高裁判決)では、定年及び退職金算定方法を不利益に変更する労働協約について、「受ける不利益は小さいものではないが、同協約が締結されるに至った経緯、当時の会社の経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の、又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。」と判示しています。
他方、①強行法規に反する労働協約、②公序良俗に反する労働協約(日本シェーリング事件平 1.12.14 最高裁判決)、③組合の協約締結権限に瑕疵のある労働協約(中根製作所事件平 12.7.26 東京高裁判決)、④一部の組合員に対し著しく不合理な不利益変更となる労働協約(鞆鉄道事件平 16.4.15 広島高裁判決)の不利益変更は無効とされた判決がみられますが、裁判例の多くは、労使自治の観点から、労使間の合意を尊重し、労働協約による労働条件の不利益変更を認める立場に立っています。
(4)労働協約も就業規則もない場合の個別的合意による労働条件の不利益変更
労働協約も就業規則も有しない場合に、労働条件の不利益変更についての労働者の合意には、それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効とされています。
代表的な判決として、賃金の減額・控除に対する労働者の承諾の意思表示の有無について争われた「更正会三井埠頭事件」(平 12.12.27 東京高裁)が挙げられますが、まず、「労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効であると解する」としつつ、「外見上、賃金減額を黙示に承諾したと認めることが可能である。しかし、原告(労働者)らが賃金減額の根拠について十分な説明を受けていないこと、会社は本件減額に対する各人の諾否の意思表示を明示的に求めたとは認められないこと、原告らは賃金減額について意思表示しなかった理由として、異議を述べると解雇されると思った、賃金控除に納得していたわけではないなどと供述していること、賃金減額による原告らの不利益は小さいものではない・・・等を鑑みると、原告らがその自由な意思に基づいて本件減額を承諾したものとは到底いえない」と判示し、労働条件の不利益変更は、不適法・無効とされています。