Ⅲ 変形労働時間制
Ⅲ 変形労働時間制

1 変形労働時間制とは
変形労働時間制とは、1日8時間、1週 40 時間の例外として、労基法上認められた制度です。変形労働時間制は、変形期間(変形労働時間制を実施する期間)などにより主に以下のような制度があります。
- (1)1か月単位の変形労働時間制(労基法 32 の2)
- (2)1年単位の変形労働時間制(労基法 32 の4)
- (3)フレックスタイム制(労基法 32 の3)
2 1か月単位の変形労働時間制
1か月以内の一定の期間を平均し、1 週間の労働時間が 40 時間(特例措置事業場は 44 時間)以下の範囲で、特定の日や週について 1 日及び 1 週間の法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。この制度を採用するためには、就業規則や労使協定により、次のことを定めておく必要があります。なお、当該労使協定については、所轄の労働基準監督署長に届け出る義務があります。
- ① 変形期間中の週平均労働時間を法定労働時間以内とすること
- ② 変形期間における各日、各週の労働時間を特定すること
- ③ 起算日を明確に定めておくこと
(例)暦日数が 31 日の月に1か月の勤務シフトを定めたケース
3 1年単位の変形労働時間制
1か月を超え 1 年以内の一定の期間を平均し、1 週間の労働時間が 40 時間以下の範囲で、特定の日や週について 1 日及び 1 週間の法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。なお、1 日・1週当たりの労働時間などには上限が設けられています。
(1)1年単位の変形労働時間制の実施要件
- ア 対象期間の長さの制限
-
制度の名称は「1年単位の変形労働時間制」ですが、対象期間としては3か月、4か月、6か月など1か月を超え1年以内の期間で設定できます。
- イ 対象期間中の所定労働時間の長さの制限
-
① 対象期間における所定労働時間の総枠
1年以内の一定の期間を平均し、一週間当たりの労働時間が 40 時間を超えないようにしなければなりません(なお、特例措置事業場がこの制度を採用する場合には、44 時間ではなく、同様に 40 時間としなければなりません)。
このためには、対象期間中の所定労働時間の合計を次の計算式による時間内に収めなければなりません。
これによれば、対象期間中の所定労働時間の総枠は、次表のとおりとなります。なお、対象期間中の暦日数は、対象期間の設定の仕方によって異なります。
対象期間の長さ 所定労働時間の総枠 1年(365日の場合) 2,085.7時間 6か月(183日の場合) 1,045.7時間 4か月(122日の場合) 697.1時間 3か月(92日の場合) 525.7時間 (注)端数はそのままとするか、切り捨てなければなりません。
② 一日及び一週間の労働時間の限度(労基則 12 の4)
1年を平均して一週間当たりの労働時間を 40 時間以内に収めたとしても、特定の日の所定労働時間が 14 時間とか 15 時間、特定の週の所定労働時間が 70 時間などとして恒常的な労働義務が生じたのでは、労働者の生活に支障が出ますし、健康を損ねてしまいかねないうえ、割増賃金の支払いを免れる事実上の手法として利用され兼ねません。
そこで、1年単位の変形労働時間制を採用する場合には、一日・一週の所定労働時間の双方に、次のとおり、「限度時間」が設けられています。
- ⅰ)一日の所定労働時間の上限は 10 時間
- ⅱ)一週の所定労働時間の上限は 52 時間
また、3か月を超える対象期間を設定する場合には、この「限度時間」まで利用できる週の回数が、次のとおり、制限されています。
- ⅰ)対象期間中に、連続して 48 時間を超える週所定労働時間を設定できるのは 3 週以内
- ⅱ)48 時間を超える週所定労働時間を設定した週の初日は、対象期間を初日から 3 か月ごとに区切った各期間内に 3 以内
これらの制限は、繁閑に応じて所定労働時間を伸縮できるとはいえ、所定労働時間の長い日や週が頻繁に登場したり、連続したりすることによる疲労の蓄積を避けるために設けられたものといえます。この制限を図解すると次のようになります。
- ウ 対象期間中の労働日数の限度
-
対象期間が 3 か月を超える場合には、1年当たりの労働日数は 280 日が限度とされています。したがって、3 か月を超え 1 年以下の対象期間とした場合の当該対象期間中の労働日数の上限は次の算式により求められた日数となります。
ただし、次の①及び②のいずれにも該当する場合には、旧協定の対象期間について1年当たりの労働日数から1日を減じた日数又は 280 日のいずれか少ない日数です(対象期間が3 箇月を超え1年未満である場合は、上記と同様に計算した日数です。)。
- ① 事業場に旧協定(上記1(2)の対象期間の初日の前1年以内の日を含む3箇月を超える期間を対象期間として定める1年単位の変形労働時間制の労使協定(そのような労使協定が複数ある場合においては直近の労使協定)をいいます。)があるとき。
- ② 労働時間を次のいずれかに該当するように定めることとしているとき。
- ⅰ)1日の最長労働時間が、旧協定の1日の最長労働時間又は9時間のいずれか長い時間を超える。
- ⅱ)1週間の最長労働時間が、旧協定の1週間の最長労働時間又は 48 時間のいずれか長い時間を超える。
(例)対象期間が1年である旧協定が1日の最長労働時間9時間、1週間の最長労働時間48 時間、労働日数 260 日であったところ、今回、対象期間を1年、1日の最長労働時間を 10 時間とするのであれば、労働日数の限度は 259 日。
- エ 就業規則又は労使協定の締結及び届出
-
1年単位の変形労働時間制を採用するには、
- ① 就業規則その他これに準ずるものに定めること
- ② 労使協定(協定例 43 頁参照。)を締結し、所轄の労働基準監督署長に届け出る(届出例44 頁参照。)
ことが必要です。
- オ 労使協定で定める事項
-
- ① 対象労働者の範囲
新入社員、中途退職者など対象期間の一部のみ勤務する労働者も対象にできます。ただし、この場合には、勤務した期間を平均して一週間当たりの所定労働時間が 40 時間を超えたときは、その超えた時間について割増賃金を支払う必要があります。
- ② 対象期間
1か月を超え1年以内であることが必要です。ただし、特に業務の繁忙な期間を特定期間として定めることができます。この特定期間は、後述のカの連続して労働させる日数の限度に関係があります。
- ③ 対象期間における労働日と労働日ごとの労働時間
対象期間を平均して一週間の労働時間が 40 時間以下となるように、上記イの②の日及び週の上限時間に注意して定めることが必要です。
対象期間を1か月以上の期間に区分する場合は、最初の1か月については各労働日の所定労働時間を特定する必要がありますが、その他の期間については各期間の総労働日数と総労働時間を定めればよく、具体的な労働日と労働時間の特定は各期間の初日の少なくとも 30 日前までにその事業場の労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は過半数を代表する者)の同意を得て書面で定めることでよいこととされています。
- ④ 有効期間
1年以内とすることが望ましいとされています。
- ⑤ 対象期間の起算日
変形労働時間制を実施する最初の日を定めます。
- ① 対象労働者の範囲
- カ 連続して労働させる日数の限度
-
連続労働日数の限度は、特定期間を除き、6日です。
特定期間における連続労働日数の限度は、「一週間に一日の休日が確保できる日数」です。つまり、最も長い連続労働日数は 12 日ということになります。
(2)1年単位の変形労働時間制の具体例
例えば、1年の業務で繁忙期が2月、3月、4月であり、閑散期が7月、8月であるという場合には、年間カレンダーによって所定労働日と各日の所定労働時間を定め、年間の業務の繁閑に対応した形での1年単位の変形労働時間制を実施することが考えられます(42 頁参照)。
◆ 1年単位の変形労働時間制による「年間カレンダー」の例
※ 一日の所定労働時間が7時間 30 分、業務の繁忙期が2月、3月、4月、閑散期が7月、8月と仮定し、所定労働時間の伸縮ではなく、所定休日の変動で対応すると仮定。


◆ 1年単位の変形労働時間制に関する「労使協定」の例
1 年単位の変形労働時間制に関する労使協定
○○○○株式会社と○○労働組合は、1 年単位の変形労働時間制に関し、次のとおり協定する。
(勤務時間)
第1条 所定労働時間は、1 年単位の変形労働時間制によるものとし、1年を平均して1週間 40 時間を超えないものとする。
2 一日の所定労働時間は、7 時間 30 分とし、始業・就業の時刻、休憩時間は、次のとおりとする。
始業=午前9時、終業=午後 5 時 30 分、休憩=正午から午後1時
(起算日)
第2条 変形期間の起算日は、○年4月1日とする。
(休日)
第3条 休日は、別紙年間カレンダーのとおりとする。
(対象となる従業員の範囲)
第4条 本協定による変形労働時間制は、次のいずれかに該当する従業員を除き、全従業員に適用する。
- ① 18 歳未満の年少者
- ② 妊娠中又は産後 1 年を経過しない女性従業員のうち、本制度の適用免除を申し出た者
- ③ 育児や介護を行う従業員、職業訓練又は教育を受ける従業員その他特別の配慮を要する従業員に該当する者のうち、本制度の適用免除を申し出た者
(特定期間)
第5条 特定期間は、定めないものとする。
(有効期間)
第6条 本協定の有効期間は、起算日から1年間とする。
○ 年○月○日
○○○○株式会社代表取締役社長 ○○○○ 印
○○労働組合執行委員長 ○○○○ 印
4 フレックスタイム制
フレックスタイム制とは、一日の所定労働時間の長さや始業、終業時刻を固定的に定めず、3か月以内の一定期間の総労働時間を定めておき、労働者がその範囲内で各労働日の労働時間(各日の始業及び終業時刻)を自主的に決めて働く制度です(労基法 32 の3)。
(1)フレックスタイム制採用の要件
フレックスタイム制を採用するには、次の手続きが必要です。
- ア 就業規則その他これに準ずるものにより、始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねるこ とを規定すること
- イ 労使協定により、次の事項を定めること。
-
- ① 対象労働者の範囲
- ② 清算期間(*1)
- ③ 清算期間における総労働時間(*2)
- ④ 一日の標準労働時間
- ⑤ コアタイム(*3)又はフレキシブルタイム(*4)を定める場合には、その開始・終了時刻
*1:労働契約上、労働者が労働すべき時間を定める期間。起算日を明確にした1か月以内の期間(1か月・1週間も可)。清算期間が 1 か月を超える場合には、労使協定の所轄労働基準監督署長への届出が必要です。
*2:清算期間内に働くべき時間数であり、フレックスタイム制のいわば「所定労働時間数」のこと。清算期間を平均して、法定労働時間以内となるように定めます。なお、各日の出退社時刻は労働者自らが決めます。
*3・4:コアタイムは、出社した後必ず働いていなければならない時間、フレキシブルタイムは出退社を労働者自らが自分で決める時間帯。必ず設けなければならないものではありません。
(2)割増賃金の支払い
フレックスタイム制を導入した場合には、労働者が日々の労働時間を自ら決定することとなります。 そのため、1日8時間・週 40 時間という法定労働時間を超えて労働しても、ただちに時間外労働とはなりません。逆に、1日の標準の労働時間に達しない時間も欠勤となるわけではありません。
フレックスタイム制を導入した場合には、清算期間における実際の労働時間のうち、清清算期間における法定労働時間の総枠算期間における法定労働時間の総枠(※)を超えた時間数が時間外労働となります。(なお、時間外労働を行わせるためには、36 協定の締結が必要です。)

例えば、1か月を清算期間とした場合、法定労働時間の総枠が以下のとおりとなるため、清算期間における総労働時間はこの範囲内としなければなりません。
また、清算期間が1か月を超える場合には、
- (ⅰ)清算期間における総労働時間が法定労働時間の総枠を超えないこと(※1) に加え、
- (ⅱ)1か月ごとの労働時間が、週平均 50 時間を超えないこと(※2)
を満たさなければならず、いずれかを超えた時間は時間外労働となります。
このため、月によって繁閑差が大きい場合にも、繁忙月に過度に偏った労働時間とすることはできません。
- (※1)清算期間が1か月を超える場合に、中途入社や途中退職など実際に労働した期間が清算期間よりも短い労働者については、その期間に関して清算を行います。実際に労働した期間を平均して、週 40 時間を超えて労働していた場合には、その超えた時間について割増賃金の支払いが必要です。 労基法第 32 条の3の2)
なお、特例措置対象事業場については、清算期間が1か月以内の場合には週平均 44 時間までとすることが可能ですが、 清算期間が1か月を超える場合には、特例措置対象事業場であっても、週平均 40 時間を超えて労働させる場合には、 36 協定の締結・届出と、割増賃金の支払が必要です。(労基則第 25 条の2第4項) - (※2)清算期間が月単位ではなく最後に1か月に満たない期間が生じた場合には、その期間について週平均 50 時間を超えないようにする必要があります。
5 変形労働時間制を採用する場合の注意事項
(1)年少者
- ア 満 18 才未満の年少者については、原則として変形労働時間制により労働させることはできません(労基法 60①)。
- イ ただし、満 15 歳以上満 18 歳未満(満 15 歳に達した日以後最初の3月 31 日までの間を除く。)の年少者については、一週間について 48 時間、一日について8時間を超えない範囲内で、1か月単位及び1年単位の変形労働時間制の例によって労働させることができます(労基法 60③)。
(2)妊産婦
妊娠中の女性及び産後1年を経過しない女性(妊産婦)が請求した場合には、1か月単位・1年単位の変形労働時間制及び一週間単位の非定型的変形労働時間制によって労働させる場合であっても、一週間の法定労働時間 40 時間、一日8時間の範囲内で労働させなければなりません(労基法 66①)。
(3)特別の配慮を必要とする者
- ア 育児を行う者
- イ 老人などの介護を行う者
- ウ 職業訓練又は教育を受ける者
- エ その他特別の配慮を要する者
を変形労働時間制(フレックスタイム制を除く。)により労働させる場合には、これらの者が育児、介護、勉学などに必要な時間を確保できるように配慮しなければなりません(労基則 12⑥)。